長引く痛みに対する運動器カテーテル治療
──異常な血管への対処
奥野祐次・江戸川病院運動器カテーテルセンター長、医師
慢性的な痛み症状が続く部位には異常な新生血管が生じている場合があり、それに対する治療法が考案・提言されている。
──運動器カテーテル治療とはどのような治療法なのでしょうか。
奥野:アキレス腱炎やテニス肘、シンスプリントなど、すっきりと治りきらない痛みで悩んでいる方は多いです。こうした慢性的な問題は、痛い場所に微細な炎症が長く続いていると考えることができます。「炎症」というと赤く腫れたり熱を持ったりというイメージを持ちますが、必ずしもそのような激しい炎症だけではなく、ダラダラと続く微細な炎症というものも存在します。
炎症がどのくらい長く続くかについては、実はあまりよくわかっていませんでした。激しい炎症は長くても1カ月くらいで治まるものだとされてきました。確かにそうですが、ダラダラ続く微細な炎症の場合は、数ヶ月あるいは数年続くことも珍しくありません。そして安静にしているだけでは治らない。良くなったと思ってスポーツを再開すると、またすぐに再発するなど、なかなか厄介なものです。そういった微細な炎症に対して何らかのアプローチができないかというのがスタート地点でした。
炎症が長引いているところには、たくさんの細い血管が新しくできあがっています。造影剤という血管を映すための薬剤を使って見てみると、モヤモヤとした感じの血管です。これを新生血管と呼びます。運動器カテーテル治療は、カテーテルという細くてやわらかいチュープを使って、そうした異常な血管のすぐそばまで近づき、薬を入れてそれらの働きを止めることで、炎症症状を抑え、異常な神経の興奮を鎮めようという治療です。
人間の身体は、炎症が起こると、その場所にある細かい神経線維が興奮状態になります。普通であれば痛みを生じないような動きでも、炎症が起こっていると痛みの信号が脳に伝わることになります。それを鎮めることにより、通常の動きで痛みが生じることはなくなります。
──この治療には、どのような特徴がありますか。
患者さんへの負担が少ないというのが大きな特徴です。
1時間ほどの治療であり、日帰りできます。全身麻酔ではなく、局所麻酔です。動脈の中に柔らかい細径カテーテル(直径1mm未満)を挿入して、それを患部に近づけていきます。このため、患部に直接メスを入れることはありません。カテーテルはどこから挿入するかというと、肘や肩を治療する時は手首から、膝や足、股関節を治療する場合は足の付け根から挿入します。患部にカテーテルを到達させたら、先端からイミペネム・シラスタチン(商品名:チエナム)という薬剤を放出し、新生血管を一時的に塞栓(血管を詰まらせる)させることで、異常な血管を減らし、炎症を抑えることを目的としています。傷口は非常に小さく、ぱっと見では分からないほどです。患部にメスを入れるわけではないので、治療後すぐに日常動作や痛くない程度の運動を再開できます。
──どういった部位や症状が対象となりますか。
治療の対象となる部位は、筋、筋膜、腱、関節包、脂肪体、骨(偽関節を含む)、骨膜など身体を動かす部位であれば全て治療対象としています。異常な血管が生じているところがターゲットとなります。
なお、この治療は全ての痛みに効果があるわけではなく、構造的な破綻が原因の場合は有効ではありません。たとえば「関節ネズミ」であったり、半月板損傷により物理的に関節内に挟みこみが起きてしまうなどの場合には効果が期待出来ません。手術など他の方法で原因を取り除く必要があります。また、痛みの性質として、電気が走るような痛みについては難しい傾向があります。
運動器カテーテル治療だけで問題がなくなる場合もありますが、炎症が起こった背景には、姿勢不良やオーバーユース(使いすぎ)がある場合もあります。その場合には、炎症を鎮めたあとに動作の改善などを行わないと再発するリスクがあります。
──この治療法を始めるきっかけについて教えてください。
もともと、私はガン治療に取り組んでいました。カテーテルを用いて腫瘍の近くで抗ガン剤を使うということをやっていました。ガン(悪性腫瘍)は、自らの組織を維持するために血管を新しく作ります。このガン治療で標的とする血管は、長引く炎症が起こっている部位にできる血管とそっくりだなと思い、ガンの患者さんで同時に五十肩になった方に治療し始めたのが、運動器カテーテル治療のきっかけとなりました。2009年ごろになります。論文として発表したのは2012年です(文献3)。
痛みや炎症がうまく取れるという手応えはあったのですが、誰もやっている人がいない状態でした。このため慎重に臨床と研究を重ねてきました。
──これまでなかなか手付かずだったところへ、手が届く気がします。
これまでは「待ち」の姿勢をとるしか選択肢がなかったような症状について、アプローチをすることができるというところが利点となります。
「スポーツはやめて安静にしましょう」ということで安静にしていても、なかなかよくならない、そういう症状のなかで、炎症と血管新生が起こっているものについては、治療を行うことが可能です。
──もしかして、「血行をよくする」という一般的な疲労回復の方法は逆効果だったりしませんか。
(健常な組織を栄養する)正常な血管と、慢性的な炎症が起こっているところにある異常な血管の2つがあると考えてください。この2つは相対的なもので、温めたりすることで血行がよくなってくると、正常な血管が拡張しする一方、異常な血管には血液が行きにくくなり、痛みを起こしにくくなります。
たとえば表面に正常な血管、深部に異常な血管があった場合、表面を温めて血行をよくすることによって正常な血流が増えて、異常な血管の血流量が減少するので、痛みを感じにくくなります。反対にクーラーなどで急に冷やすと表面の血流量が抑えられ、結果としてズキズキとした痛みを感じることもあります。いちがいに言えないのですが、いわゆる「さじ加減」が必要です。選択的に正常な血管への血流量を増やせるのであれば、よいのではないかと思います。
異常な血管があるかどうかの見分け方としては、「指で押してみて、痛いかどうか」が一つの判断材料になります。健常な部位は指の力で押してみても痛みを感じることはありません。しかし、慢性的な炎症が生じている部位を押すと、痛みが生じます。
なお、徒手療法的な手法・視点になりますが、こうした過敏になっている箇所には新生血管ができているので、痛いところを持続的に圧迫することでその血流量を抑えることになり、よい結果につながる場合もあります。
──この治療法の今後の課題がありましたら教えてください。認知度や専門医が足りないといったことはありますか。
塞栓という言葉のイメージから、「血管を詰まらせるのは危険なのでは?」という質問をいただくことがあります。しかし、実際には塞栓は一時的(数時間)なものです。異常な血管は、ちょっとしたダメージで消退する(白血球による貪食作用を受けてなくなる)ので、こういった一時的な塞栓治療で十分有効なのです。また、これまで治療した400人以上を対象とした臨床研究で、様々な観点から安全性を確認していますので、そのような心配は杞憂だと言えます。
運動器カテーテル治療は整形外科の先生や、治療家の方の間でも徐々に認知されてきているのを感じます。興味をお持ちの先生方もいらっしゃいます。この治療ができるという先生が今後増えてくるといいなと思っています。
(浅野将志)
参考文献
1)Yuji Okuno, Effects of transcatheter arterial micro–embolization for
chronic night shoulder pain refractory to non-surgical management,
PAIN RESEARCH 29(2014) 233–241
2)Okuno, Y., Oguro, S., Iwamoto, W., Miyamoto, T., Ikegami, H.,
Matsumura, N., Short-term results of transcatheter arterial
embolization for abnormal neovessels in patients with adhesive capsulitis: a pilot study, J. Shoulder Elbow Surg., 23(2014)
2)奥野祐次『長引く痛みの原因は血管が9割』(ワニブックス)