奥野先生のコラム

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橈骨動脈に直径1mmの細いチューブ(カテーテルと呼ぶ)を挿入し、動脈の中を進めて、脇の下にある腋窩動脈まで達している(図1a)。カテーテルの先端を肩関節の栄養血管まで進める。造影剤というX線に映る液体を流し始めると、モニター画面に血管が映し出される(図1b)。腱板疎部にうっすらとした異常血管が見つかった(図1b矢印)。肩関節周囲炎の患者に特徴的な所見だ。ここから塞栓物質をごく少量だけ注入する。カテーテル先端から出た塞栓物質は血液の流れに乗って、異常血管に向かっていく。数分後もう一度血管を撮影する(図1c)。血管像は正常なパターン(図1d)に近づいた。


私は現在カテーテルを用いた痛みの治療に取り組んでいる。より厳密に言うと、“異常な血管とそれに伴う神経が痛みの原因である”という仮説のもとに、カテーテルの先端から微小な粒子を血管内に投与して、標的となる異常血管を塞栓させる(詰まらせる)ことで疼痛や炎症を改善させる治療に携わっている。異常血管があるかないかと、痛み症状との間に非常に強い関係を見出している。

冒頭の患者は肩関節周囲炎で安静時痛と夜間痛のある50歳女性の患者である。夜間痛は治療した日の夜から著明に改善している。治療1ヶ月後には疼痛および可動域は大幅に改善し、肩の症状のことを忘れて生活している。

ここで言う「異常血管」はどんな疾患で存在するのかというと実に多くの疼痛疾患で認められる。肩関節周囲炎、腱炎、付着部炎、難治性の肩こり、変形性関節症、慢性腰痛、Anterior knee pain、骨折後に遷延する疼痛、人工関節置換術後の残存痛などを治療対象としてきた1)2)。カテーテルから投与する塞栓物質の種類やサイズを工夫することで、虚血の合併症なく治療できる。

異常な血管をターゲットとするため、それを術前に評価したい。このため超音波装置のカラードップラ機能を用いて観察している。カラードップラ機能は観察範囲内の動体を検出できるため生体では血流を観察することができる。この機能を用いて異常血管を検出している。ところが冒頭の患者では(強い痛みを訴えていたが)異常血管は比較的少なく、エコーでは見えなかった(図2)。正確に表現すると当院の装置および使用条件において検出されなかった。もちろん術前にあらかじめ観察される場合もある(図3)。異常血管の量は患者によってさまざまであり、非常に多くの血管ができていることもあれば、ほんのわずかな異常血管が数年にわたって患者を苦しめるケースも少なくない。




図4は左肘痛が4年続いているゴルファーのケースである。2年前に関節鏡下滑膜切除術を受けたが症状は残存していた。再現性のある圧痛を総指伸筋の付着部から筋腹にかけて認めた。エコーでは健側と比較して異常な血流信号は検出できない(図4a)。
塞栓前の血管撮影では総指伸筋の筋腹の圧痛部に一致して異常な血管を認めた(図4b)。塞栓物質を投与して再度血管を撮影し、異常血管への血流が低下したのを確認した(図4c)。治療1ヶ月後には左肘の痛みを忘れてプレーできるレベルまで改善している。

血管には正常な血管と異常な血管が存在する3)。異常な血管はがんでも生じるし、糖尿病性網膜症でも生じるし、炎症でも生じる。お母さんのお腹の中、発生段階でできる血管は全て役に立つ正常な血管だ。綺麗な網目状の構造で秩序が整っている(図5a)。これに対して病気でできる血管はほとんど例外なく異常な血管だと考えてもらっていい。顕微鏡で観察すると、無秩序に増殖している(図5b)。もう一つ重要な事実は、異常な血管が生じると、それに伴走する神経線維が生じることである。慢性的な痛みを発している組織では小血管の異常な増殖と、その血管の周りに痛みに関係するとされる神経線維(CGRP陽性やサブスタンスP陽性神経)が増加することが様々な疾患(肩関節周囲炎4)、慢性腰痛5)、Anterior knee pain6)、有痛性腱板断裂7)、変形性関節症8)、アキレス腱炎9)、顎関節症10))で報告されてきた。慢性疼痛の生じている組織には血管が増えており、痛みに関係する神経もそれに沿って増えるという報告である。

図6は、階段昇降時および安静時の内側膝痛を訴えた60歳の女性の患者である。エコーでは図6bのように圧痛部に滑膜肥厚を認め、同部位にドップラ信号を認めた。血管撮影では図6dのように増殖した滑膜に一致して異常な血管を認めた。塞栓物質を投与して数分後に圧痛は軽減している。現在治療から1年以上経過しているが疼痛は再発しておらず、階段昇降にも支障はない。

なぜ痛みが取れるのかというメカニズムについて考察したい。私たちは異常な血管の流れを遮断することで除痛が得られていると考えている。塞栓治療における除痛の得られるタイミングは2つある。1つは塞栓直後(数分後)である。もう1つは塞栓治療からしばらく経過したとき(1、2ヶ月後が多い)にさらなる除痛が得られることがある。前者の除痛は、異常な血管の流れを遮断したことで得られている可能性がある。もちろん流入血管が閉塞したことによる組織内圧の低下もメカニズムとして考えられるだろう。しかし前述のように、血管の周囲に疼痛に関係する神経線維が増殖することを踏まえると、血液が流れていること自体が痛みを発しているとも考えることができる。(1、2ヶ月後の除痛には炎症の改善が関わっていることも考えている。)

「異常血管に血液が流れていること自体が痛い」とすると、思い当たるのは古傷の痛みや夜間痛である。冷気にさらされると昔痛めた部位が疼く。あるいは夜になって肩がジンジンと痛む。今までこれらの痛みの発生機序は十分には解明されていなかった。また「動き始めは痛いが、しばらくすると痛くなくなる」などの訴えは従来では説明困難であった。私は異常な血管への血流量の変化によって説明がつくと考えている。

外的環境の変化や運動量によって皮膚や筋肉の血流量は調節され大きく変化する。環境温が上昇すれば皮膚への血流は数倍に増えるし11)、運動によって筋肉への血流量は最大で20~30倍に増加する12)。反対に低温環境や夜間の不動状態では皮膚や筋肉への血液量は極端に減ると考えられる。これは正常な血管が血流量の調節機構を有するからである。一方で異常な血管は調節機構を持ち合わせていないことが予想される。冷気や不動による皮膚や筋肉への血流の低下→相対的に異常血管への血流が増加→血管の周囲神経からの痛み信号の増加というのがこれらの痛みのメカニズムではなかろうか。もちろんこれは憶測の域を出ない。しかし私の今までの塞栓治療の経験上、夜間痛や安静時痛、動作開始時の痛みというのは、非常に高頻度で異常血管が見つかり、そして塞栓治療によって良好な除痛が得られている2)というのが私のひとつの論拠である。

読者の方の中には「異常な血管といえども何か役割があって増えているのではないの?」という疑問が生じるかもしれない。塞栓などしてホントに良いの?と。異常血管の性質の一つは「無秩序な増殖」であった。実はもう一つの特徴として、動静脈短絡を多く含むことが挙げられる。正常な血管網では動脈→毛細血管(ここで血液がゆっくりと流れ、酸素や栄養素を交換する)→静脈となるが、異常血管では毛細血管を経由せず動脈から静脈に直接流入する血管(これを動静脈短絡と呼ぶ)が多い。動静脈短絡があると「血液が流れているが、栄養や酸素の供給はしていない」ことになる。塞栓治療はこれらの動静脈短絡を減少させ、正常な血管分布に近づかせているとも考えられる(図7a-g)。


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これまで記載したことを踏まえたうえで、日常診療において超音波装置で異常な血管を評価することを提唱したい。要点を2つまとめた。1つは、健側と比較しながら異常な血管を評価してみて欲しい。特に圧痛部を観察することをおすすめする。圧痛部には異常な血管が頻繁に存在する。圧痛部を健側と比較すると血流の変化や組織の形態変化が検出できる可能性がある。滑膜や脂肪組織、骨膜、関節包などは異常血管のできやすい組織と言える。図8のように2画面モードで健側と並べて「こちらのほうが色の付いた部分が多いですよね。この色の付いた部分が痛みの原因になっているのですよ」と見せることができる。患者さんにも理解が得られやすい。
2つめに、異常な血管は必ずしもカラードップラで見えるとは限らないことも覚えておいていただきたい。前述したように非常にわずかな異常血管が原因であることも多い。また深部であればあるほどドップラ信号は検出されない(図9、10)。例えば腱板疎部は肩の慢性的な痛みの原因組織として極めて重要であるが、比較的深部となるためドプラ信号が検出されないことが多い。使用する装置によって異なるであろうが、皮膚から1.5cm以深では信号検出が落ちると経験している。


異常血管を観察できるようになれば、それを減らしたいと考えるのが自然である。減らす方法はカテーテルによる塞栓治療だけではない。ステロイドの局所注射も多くの場合で効果的である。血管退縮効果が期待できる。このとき、関節腔内に投与してしまうと効果が薄れることがある。膝であれ肩であれ、関節周囲の滑膜組織や脂肪組織、関節包に異常血管があることが多いので、それらの組織内に注入したほうが効果的である。エコーガイド下に注入することが望ましい。エコーガイド下の腱板疎部へのステロイド注射の有効性は海外でも報告され始めた13)。

あるいは理学療法によるアプローチも可能だと考えている。図11はスウェーデンのグループの報告14)。アキレス腱炎に対する強度なストレッチ治療によって異常血管が減少し疼痛も改善されたと報告している。このような方法は可能かもしれない。あるいは徒手的な圧迫でも異常血管を減少させることにつながるのかもしれない。今後の検討が必要な分野である。


最後になるが、ぜひとも日常診療で異常血管を観察してみてほしい。痛みの原因が「見える」だけでも、患者さんの納得が得られる。次に、異常血管を減らすアプローチを開発して欲しい。異常血管が減ると、痛み症状は劇的に改善する。ぜひPTの方々にもドクターにも「異常血管に着目した治療」をこれからどんどん開発して欲しいと願っている。




参考文献
1)Okuno Y, et al : Transcatheter arterial embolization using imipenem/cilastatin sodium for tendinopathy and enthesopathy refractory to nonsurgical management. J Vasc Interv Radiol, 24(6):787-92, 2013.
[Summary] 腱炎、付着部炎への塞栓治療の有効性を報告した論文
2)Okuno Y, et al : Short-term results of transcatheter arterial embolization for abnormal neovessels in patients with adhesive capsulitis: a pilot study. J Shoulder Elbow Surg, 2014 (in press).
 [Summary]肩関節周囲炎では全例で腱板疎部に異常血管が観察され、塞栓治療が効果的であったという報告
3)Okuno Y, et al : Pathological neoangiogenesis depends on oxidative stress regulation by ATM. Nat Med, 18(8):1208-16, 2012.
 [Summary] 異常血管が生じてしまう機序の一端を明らかにした研究
4)Xu Y, et al : Enhanced expression of neuronal proteins in idiopathic frozen shoulder. J Shoulder Elbow Surg, 21(10):1391-7, 2012.
 [Summary] 凍結肩の患者の関節包を調べた報告.小血管の増殖とその周囲の神経の増殖を報告している
5)Gronblad M, et al : Silver impregnation and immunohistochemical study of nerves in lumbar facet joint plical tissue. Spine (Phila Pa 1976), 16(1):34-8, 1991.
 [Summary] 慢性腰痛の患者の椎間関節の滑膜組織で血管の増加とその周囲に神経が豊富に見られる
6)Witonski D, et al : Distribution of substance-P nerve fibers in the knee joint in patients with anterior knee pain syndrome. A preliminary report. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc, 7(3):177-83, 1999.
7)Gotoh M, et al : Increased substance P in subacromial bursa and shoulder pain in rotator cuff diseases. J Orthop Res, 16(5):618-21, 1998.
 [Summary] 有痛性腱板断裂の患者の肩峰下滑液包には小血管の増加とその周囲の神経の増加が認められる
8)Walsh DA, et al : Angiogenesis in the synovium and at the osteochondral junction in osteoarthritis. Osteoarthr Cartil, 15:743–51, 2007.
9)Alfredson H, et al : Is vasculo-neural ingrowth the cause of pain in chronic Achilles tendinosis? An investigation using ultrasonography and colour Doppler, immunohistochemistry, and diagnostic injections. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc, 11(5):334-8, 2003.
10)Yoshida H, et al : The expression of substance P in human temporomandibular joint samples: an immunohistochemical study. J Oral Rehabil, 26(4):338-44, 1999.
[Summary] 顎関節症の組織ではサブスタンスP線維が増加しており、それらは増殖した小血管の周囲に存在する
11)山崎文夫 : 動静脈吻合と熱放散システム. 井上芳光ほか編, 体温Ⅱ 体温調節システムとその適応, pp98-105, NAP, 2010.
12)Rowell LB : Circulatory adjustments to dynamic exercise. Human Circulation Regulation During Physical Stress. Oxford University Press, New York, NY, pp 213 ― 256, 1986.
13)Juel NG, et al : Adhesive capsulitis: one sonographic-guided injection of 20 mg triamcinolon into the rotator interval. Rheumatol Int, 33(6):1547-53, 2013.
14)Ohberg L, et al : Effects on neovascularisation behind the good results with eccentric training in chronic mid-portion Achilles tendinosis? Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc, 12(5):465-70, 2004.

図1
a : 治療中のレントゲン写真.腋窩動脈内のカテーテル(▲).
b : 塞栓前の血管撮影像.カテーテル(▲)の先端は胸肩峰動脈に位置している.腱板疎部に異常血管(矢印)が観察される.
c : 塞栓後の血管撮影像.異常血管は観察されなくなっている.
d: 正常な胸肩峰動脈(比較として掲載).腱板疎部には異常な血管を認めない.


図2
図1a-cの患者のエコー画像およびプローブの位置(赤線)


図3 エコーで異常血管が観察された肩関節周囲炎の症例
a : プローブの位置(赤線).
b : 治療前のエコー画像.烏口突起の外側にドップラ信号が検出される
c : 治療2ヶ月後のエコー画像.ドップラ信号が減少している.
d : 塞栓前の血管撮影像.腱板疎部に異常血管(矢印)を認める.

図4 慢性的な肘痛の症例
a : 圧痛部のエコー像とプローブの位置(赤線).総指伸筋(EDC)に異常を検出しない.
c : 塞栓前の血管撮影像.総指伸筋の筋腹に異常血管(○)を認める.
d : 塞栓後の血管撮影像.異常な血管への血流が減少しているのがわかる。

図5 免疫組織染色による血管網の顕微鏡による観察(CD31抗体を用いて染色)
a : 正常血管の血管網.浅層、中間層、深層をそれぞれ別の色で撮影し重ねた.
b : 炎症によって生じた異常な血管.秩序なく増殖しているのがわかる.


図6 膝内側の慢性的な痛み
a : プローブの位置(赤線).
b : 大腿骨内顆の直上に滑膜肥厚像が認められ、ドップラ信号を認める.
c : 患側では滑膜肥厚(▽)を認める.
d : 塞栓前の血管撮影像.下行膝動脈(矢印)から滑膜肥厚部に異常な血管(▽)が観察される.

図7 塞栓前後の血流変化(足底腱膜炎)
a : 後脛骨動脈内のカテーテル先端(矢印).足底腱膜付着部に異常血管を認める(▲)
b-d : 塞栓前の血管撮影では異常血管(c, ▲)が見られ、早いタイミングで静脈(d, 矢印)が観察される
e-g : 塞栓後の血管撮影.異常血管は認めず、かかとへの血流(正常)を認める.


図8 健側と比較して異常血管(黄矢印)を観察する
a : 膝内側の滑膜による痛み.
b : 外側上顆炎による痛み.
c : CM関節症による痛み.


図9 深部であるためドップラ信号が検出されにくい例(膝内側半月基部)
a : プローブの位置(赤線).
b : 健側と患側のエコー画像.観察部が比較的深部のため、健側とくらべてわずかなドップラ信号(黄矢印)を認めるのみ.
c : 下行膝動脈からの血管撮影像では、豊富な異常血管(赤矢印)を内側半月基部に認める.

図10 深部であるためドップラ信号が検出されにくい例(腱板疎部)
a : 健側と患側のエコー画像.観察部が比較的深部のため、健側とくらべてわずかなドップラ信号(黄矢印)を認めるのみ.黄色ボックス内はプローブの位置.
b : 血管撮影像では、豊富な異常血管(赤矢印)を腱板疎部に認める.

図11 異常血管への理学療法的アプローチの例 文献14)より引用.
a : アキレス腱炎の患者において、ストレッチ負荷をかけていない時のエコー画像.アキレス腱内にドップラ信号を認める.
b : 強度なストレッチエクササイズ中のドップラ画像.異常な信号が検出されない.


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